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ポケベル時代の失敗

昔々、📳携帯電話が普及する前、ポケベルの時代がありました

📟ポケベルとは、ポケットベルの略語です🤣🤣🤣

勤務していた会社では、外出の際にポケベルを持って出ました

かなり初期型のポケベルで、ただ鳴るだけの品
ディスプレーなど一切なし
黒革のケースを、ズボンのベルトに通して固定するやつね🤣🤣🤣

呼び出しがあれば、会社に電話して用件を聞くだけ
そんな時代です

いつの時代も若者は睡眠時間が短め

その日は睡眠時間がとても短く朝から眠かった・・・💤
運よく午前中の仕事が11時に終わったし、午後一番の仕事は15時だ

午後一番の仕事は自宅から5分のところだし、これはラッキー
ってことで自宅に寄って昼寝💤

キッチリ起きるつもりが、その日は目覚めなかった

目覚めは15時50分、ポケベルに起こされた
ヤバイ・・・
会社電話すると、まだお客さんから来ていないとの電話があったとのこと
寝坊したなどと言えるはずはなく、車のタイヤがパンクして交換していると適当なことを言って、
直ぐにお客様のもとへダッシュ💨💨

丁寧に謝って🙏、お許しを頂きました

その後、仕事中の昼寝の際はバッチリ目覚ましをセットして対応しました
ってか反省して昼寝やめろよな😅

ビデオテープのDVD化

ビデオデッキを持っている人も少なくなりました⤵

私も10年以上前にビデオキャプチャーや
ビデオ内蔵レコーダーを利用して、
VHSビデオテープをDVD化したよ

ビデオキャプチャーは、今でも手軽に入手できるが、
ビデオ内蔵レコーダーは、中古しかないが高いね😱

ビデオキャプチャー

ビデオ内蔵レコーダー

昭和の旅土産はペナント&提灯

昭和の時代、旅行土産といえば定番の「ペナント」や「提灯」があったね✨

私もお土産にご当地の「ペナント」買って帰り、部屋の壁に飾ったものだ

探してみたがひとつも残っていなかった😣

友人は「提灯」を集めていたが、引っ越しの時の処分したそうだ

今はお土産屋さんで見かけることもなくなったね💦

ファミコン

ファミコン

正式名は、ファミリーコンピュータ (Family Computer)

昭和58年7月15日、任天堂より発売された

テレビに接続して使う「家庭用テレビゲーム機」

ゲームセンターの「アーケードゲーム」と比べても遜色がない

「スーパーマリオブラザーズ」が発売されると、爆発的人気を博す

その後、後継機や他メーカーのゲーム機も多数発売された

私は発売時、すでに大人だったので夢中になることがなかった

もう5年早く発売されていれば、夢中になったことでしょう

生産中止後も、互換機が発売されている

ハイセイコー競馬ブーム

ハイセイコー競馬ブーム

国民的アイドルホース

1972年(昭和47年)7月、大井競馬場でデビュー
その後6連勝を達成

1973年(昭和48年)1月に中央競馬へ移籍

不敗神話をもつ「公営競馬の怪物」として大きな話題を集めた

中央へ移籍後も連勝を続け、皐月賞まで不敗が続いた

残念ながら東京優駿(日本ダービー)で破れたが、その後も人気は衰えない

増沢騎手が歌う「さらばハイセイコー」のレコードが発売され、引退に花を添えた

大塚の「ボンカレー」発売

大塚の「ボンカレー」発売

1968年(昭和43年)2月12日に、大塚食品工業よりレトルト食品として発売された

当初は阪神地区で限定発売
袋に難点があり改良して、翌年4月に全国発売された

テレビCMや全国各地で、ホーロー看板を貼って宣伝効果をあげた

「3分温めるだけですぐ食べられる」が宣伝文句

レンジが普及していない当時は、お湯で温めた

大ヒット商品

プールバー

プールバー

ビリヤードを楽しめるバー

プールは、ポケットビリヤードのテーブルのこと

プールバーは、和製英語です

バブル景気の日本で、1980年代後半から1990年代初頭にかけて流行した

都市部において、多数の店がオープンした

バブル景気が弾けると、人気衰退とともに店舗数も激減した

ピラミッドパワー

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ピラミッドパワー

ピラミッド形の物体には不思議な力があると言われる

食物の腐敗を抑制したり、刃物の寿命が延びたり、精神面にも効果があるともいわれた

昭和50年代に流行した

当時、私も透明の正四角錘の容器に野菜を入れて実験してみたが、効果は確認できなかった

pyramid2

画像は、昭和52年の新型日産スカイラインの展示発表会で貰った販促品です
他に、透明の正四角錘の容器を貰って、上記実験を行ったのでした

はっきり言って、効果はないね

初めから信用していなかったけど

プッツン

プッツン

紐や糸が切れるを表す言葉だが、これを脳血管が切れる音として「プッツン」と表現した

イライラして我慢の限度を超え、いつもと異なる行動や大胆な行動をとると、○○が「プッツン」したと言った

片岡鶴太郎の「鶴ちゃんのプッツン5」というテレビ番組もあった

プッツン女優(大胆な行動をとる女優のこと)と言う言葉も流行った

不幸の手紙

不幸の手紙(ふこうのてがみ)

昭和40年代に流行ったイタズラの手紙である

「これは不幸の手紙です。 この手紙と同じ文章で、○日以内に○人に出さないと貴方に不幸が訪れます。 この手紙を止めた▽県の□さんが、原因不明の死を遂げました。」

突然このような文章のハガキが届くのだ

もちろん差出人は無記名またはデタラメだ

手紙というが、普通は料金の安いハガキが使われている

なかには切手を貼らずに出す不届き者もいる

昭和40年代には怖がり、自分も送ってしまった人も多いようだ

賢明な人は送るはずもないけどね

筆者の所にも昭和50年代に届いたことがある

しばらくはネタで取っておいたが、捨ててしまった

次にまわさなかったが、幸い不幸は訪れなかった

誰にでも不幸は起こるので、何が原因で不幸が起こったか判断できるはずもないしね

時代の変化で形態が違うが、今はチェーンメールが存在する