カテゴリー別アーカイブ: 昭和劇場

乾布摩擦

乾布摩擦(かんぷまさつ)

乾いたタオルで、素肌をこする健康法

昭和40年代以前は風邪の予防法として、寒空の下で行われていたイメージを持つ人も少なくないのでは?

私は「フンドシ」姿のおじいさんが、「ひ弱になった日本男児よ!こうやって身体を鍛えなさい!」
てな感じで、乾布摩擦している姿が目に浮かぶ

健康的ではあります

しかし今はアレルギーや皮膚疾患が増えている時代です
年中皮膚にかゆみがある乾皮症や皮膚疾患を持っている人は、痒みが増して悲惨なことになるので、やめておきましょう

ボウリング・ブーム

ボウリング・ブーム

昭和40年代に女子プロの須田開代子・中山律子らスター・プレイヤーの活躍、人気によりボウリングは大ブームとなった

街中でも、郊外でも、どこにでもボウリング場があった

テレビ番組も人気

中山律子はシャンプーのテレビCMで、歌詞に名前の入ったオリジナルCMソングも採用され、更に人気はヒートアップ

その後は下火となったが、誰でも気軽に楽しめるスポーツとして、ボウリングは今でも根強い人気がある

コックリさん

コックリさん

五十音表や数字が書かれた紙を置いたテーブルを数人で囲む
紙の上に10円玉を置き、囲んだ人たちが軽く指先ををのせる

コックリさん(狐の霊)を呼びだし、質問すると10円玉が文字表の上を動いて答えてくれる

占い的な要素がある

昭和40年代に、「つのだじろう」の漫画「うしろの百太郎」で紹介され、ブームを起こした

小学生時代に、放課後の教室でやっている人がいたなぁ

懐かしい

カレンダーに丸つけて

カレンダーに丸つけて(かれんだーにまるつけて)

何かの記念日や大切な日に印をつける・・・

昭和の香りを感じる行為だが、まだまだアナログ人間が多いようで消滅しない行為である

スマホなどによるスケジュール管理のデジタル化で、カレンダーへの書き込みは減っていると思うが・・・
カレンダーの書き込みを利用している人は、まだまだ多いようだ

安心するなぁ

もちろん我が家も「カレンダー書き込み派」である

カレンダーはアナログに限るね

でもカレンダーや手帳に書いた予定を、見忘れないように気をつけよう

不幸の手紙

不幸の手紙(ふこうのてがみ)

昭和40年代に流行ったイタズラの手紙である

「これは不幸の手紙です。 この手紙と同じ文章で、○日以内に○人に出さないと貴方に不幸が訪れます。 この手紙を止めた▽県の□さんが、原因不明の死を遂げました。」

突然このような文章のハガキが届くのだ

もちろん差出人は無記名またはデタラメだ

手紙というが、普通は料金の安いハガキが使われている

なかには切手を貼らずに出す不届き者もいる

昭和40年代には怖がり、自分も送ってしまった人も多いようだ

賢明な人は送るはずもないけどね

筆者の所にも昭和50年代に届いたことがある

しばらくはネタで取っておいたが、捨ててしまった

次にまわさなかったが、幸い不幸は訪れなかった

誰にでも不幸は起こるので、何が原因で不幸が起こったか判断できるはずもないしね

時代の変化で形態が違うが、今はチェーンメールが存在する

リンスをお湯で溶かす

リンスをお湯で溶かす

昔はリンスなど無かった(知らなかった)が

昭和40年代、シャンプーで洗髪後の髪の毛をサラサラにする「リンス」なるものを知った

当時は洗面器にお湯を入れて、そこにリンスを投入

よーく溶かしてから、それを頭にかける

しばらく馴染ませてから、洗髪する

最近の物は、すぐ髪に馴染むためか、お湯で溶かさなくなりました

最近は「リンス」「コンディショナー」「トリートメント」があります

よく違いがわかりませんが、リンス・コンディショナーは髪をスベスベにするもの

トリートメントは、傷んだ髪の補修効果があるようです

バナナはおやつに入るんですか?

バナナはおやつに入るんですか?

小学校の遠足前日に、先生が「おやつは300円までです」と言えば、生徒が「バナナはおやつに入るんですか?」と聞き返す ・・・定番ネタだが、昭和40年代は本当にそのように聞く生徒はいたよ

小さな商店では定価販売だがスーパーマーケットでは割引価格で買えるので、上手に300円以内でたくさんのお菓子を買う人もいたね

もちろん自分もスーパーマーケット派でした

お年玉バトル

昭和40年代の小学生は、冬休み明けの初登校日に「お年玉いくらもらった?」と友達同士で、貰ったお年玉の金額を競いあった

戦後20年以上経過し経済成長もあり、両親には兄弟が多いし、近所付き合いもある時代なので、お年玉がたくさん集まったものだ

親がお店や仕事の付き合いが多い家庭だと、更にたくさん集まった人もいたね

今は親戚も少ないし、近所付き合いも・・ちょっと寂しいね

ブランド服

ブランド服

昭和50年代になると、裕福な人でなくともブランド品を身に着ける人が多くなった

身近な人で、無地の格安ポロシャツを買い、処分するブランド品ポロシャツのブランドマークの刺繍を切り取って、無地のシャツに縫い付けブランドポロシャツの完成 てな事をやる主婦がいた

さすが主婦の知恵・・やるなぁ・・と思っていた

自分も真似して処分するブランドシャツの刺繍を切り取って保管したが、まめな主婦と違い結局は自分で縫い付けることは無かった

同じ頃、ある男が無地の格安ポロシャツを買い、刺繍をしてくれる店に持ち込み 「ワニの刺繍」を依頼した

本人は「ラコステ」風のワニマークが付いたシャツの完成を楽しみに待った

仕上がったシャツの刺繍はラコステのワニとは全く違い、胸に「ワニ」のカタカナ文字の刺繍が入ったものだった

まっまじかよー(絶句)

ネタではなく本当の話です(大笑)