カテゴリー別アーカイブ: 昭和の出来事・事件簿

トイレ貸して下さい。

昭和40年代、まだ小学生だった頃・・・
突然見知らぬ人が「トイレ貸して下さい。」と、我が家に尋ねてくることがあった。
古い記憶なので「便所貸して下さい。」だったかも知れない。

もちろん○○コの方ね。

全く抵抗もなく「どうぞ、どうぞ」と提供しました。
脂汗を流して、切羽詰まった表情の人を追い返すなんてことはできない。

5回位は同じことがあったような気がする。

皆さん心から感謝の表情で、我が家を後にして行きました。

大らかな時代でした
今なら見知らぬ人に「どうぞ、どうぞ」と、トイレを提供くれる人は皆無に近いでしょう。
今でも田舎なら大丈夫かな?

あっそういえば、
自分もよく行くプラモデル屋に新製品を物色に行った際、急にもよおしてトイレを使わせてもらいました。
プラモ屋のおじさん、ありがとう
まっ常連なので顔見知りだったけどね

 

「1ドル=360円」時代の終わり

1971年(昭和46年)8月15日、アメリカのニクソン大統領が発表したドル防衛策により、1ドル=360円の時代は終わりを告げた

円は「変動相場制」へ移行した

対米輸出比率の高い株式は急落
株価は過去最大の暴落を記録

しかし「円」は「ドル・ショック」に耐え、日本経済の実力を示した

国産プラモデル発売

国産プラモデル発売

昭和33年12月に、マルサン商店が国産初のプラモデルを発売

原子力潜水艦ノーチラス号が最初とされている

米国Revell車のコピー

今でも他メーカーから復刻版が販売されている

「プラモデル」の名称は、マルサンが昭和34年に商標登録したもの

他メーカーは他の名称を使わなくてはならなかったが、プラモデルとかプラモを呼ばれるのが一般的だった

「プラモデル」の名称は、昭和51年から一般使用可能となった

小学館「週刊少年サンデー」創刊

小学館「週刊少年サンデー」(しゅうかんしょうねんさんでー)創刊

昭和34年3月17日創刊(昭和34年4月5日号)

ライバル誌の「週刊少年マガジン」より10円安い定価30円で発売

当初は、読み物や付録も多かった

初期のヒット作は、「伊賀の影丸」「おそ松くん」「オバケのQ太郎」「パーマン」など

講談社「週刊少年マガジン」創刊

講談社「週刊少年マガジン」(しゅうかんしょうねんまがじん)創刊

昭和34年3月17日創刊(昭和34年3月25日号)

創刊号は定価40円で毎週木曜日発売だった

「ハリスの旋風」「巨人の星」「あしたのジョー」「ゲゲゲの鬼太郎」「天才バカボン」などが連載されていた

テレビアニメ化された作品も多い

多彩なジャンルの作品が掲載されている

旧日本兵、フィリピン・ルバング島から帰国

旧日本兵、フィリピン・ルバング島から帰国

旧日本兵、小野田 寛郎(おのだ ひろお)、戦争から29年目にフィリピン・ルバング島から帰還を果たした

終戦を受け入れられず帰国を躊躇していたが、かつての上官から任務解除の命令を受け、ようやく祖国へ生還することとなった

1974年(昭和49年)3月12日に帰国

帰国時のテレビ放映は高視聴率を記録

帝国陸軍最後の軍人

ハイセイコー競馬ブーム

ハイセイコー競馬ブーム

国民的アイドルホース

1972年(昭和47年)7月、大井競馬場でデビュー
その後6連勝を達成

1973年(昭和48年)1月に中央競馬へ移籍

不敗神話をもつ「公営競馬の怪物」として大きな話題を集めた

中央へ移籍後も連勝を続け、皐月賞まで不敗が続いた

残念ながら東京優駿(日本ダービー)で破れたが、その後も人気は衰えない

増沢騎手が歌う「さらばハイセイコー」のレコードが発売され、引退に花を添えた

スマイル・バッジ

スマイル・バッジ

昭和40年代にスマイルマークの商品が流行

1971年(昭和46年)には、バッジなどの商品が大流行した

1963年12月にアメリカの「ハーベイ・ボール」デザインしたと言われる

名称はスマイリー・フェイス(Smiley face)

スマイリー・フェイスは、日本では、「ラブ・ピース」・「ニコニコマーク」・「スマイルマーク」・「ニコちゃんマーク」などと呼ばれた

smile

これが昭和40年代のスマイル・バッジ
古いので汚れが目立ちます

今も変わらず親しまれているマークだ

ミニの女王・ツイッギー来日

ミニの女王・ツイッギー来日

昭和42年10月18日、「ミニの女王」ツイッギーが来日

本名は、レスリー・ホーンビー(Lesley Hornby・イギリス)

ニックネームのツイッギー(Twiggy)は、「小枝のような」という意味

日本でも、あっという間に「ミニスカート・ブーム」が過熱

スカートが変われば、それに合った衣服を揃えなくてはならず、パンティストッキングが普及したのも、これがきっかけ
経済効果に大きく貢献した

記者会見やCM撮影などの仕事をこなし、11月8日に帰国

新三種の神器

新三種の神器(しんさんしゅのじんぎ)

カー、クーラー、カラーテレビの3Cが「三種の神器」と言われ始めたのが昭和41年

トヨタ・カローラ1100が発売されたのも、この年の11月
排気量はライバルのニッサン・サニーより100cc大きく、「隣の車が小さく見えます」と宣伝した

我が家に3Cは一つも無かった
幼児用の三輪車、扇風機、白黒テレビだったね
3C全てが揃ったのは、何年も後のことだ